京都去りがたし

   
 
   
 

 バニラダヌキさんのおっしゃることもよく分かるのです。
 電線だらけの日本の街にはそれはそれでまた独特の情緒がありますし、増してや、ひとりひとりの懐かしい記憶の中では、どんなものにでもそれぞれ唯一無二の価値がありますから。
 とはいえ、電線というのもはやはりそもそも美観を目的として作られたものではありませんし、歴史的町並みの本来の姿でもないわけです。また、ケーブルテレビだの有線放送だの光ファイバーだのなんだののおかげで、近年はケーブルの数が増えすぎている、というのもまた事実のようです。昔ながらの街の風情を将来にわたって伝えてゆこうと思うのならば、こういった積極的な手を打つこともやはり必要な時期に来ていると思うのです。
 実際、京都でも中心部に近い多くの地区の町並みは、何も手を打たれないまま、バブル以降すっかり姿を変えてしまいました。祇園祭の鉾町も今ではワンルームマンションだらけです。昭和まで自然に受け継がれてきた古い生活文化を残したままで歴史的環境を保全することは、残念ながらますます難しくなっていくでしょう。
 経済的発展と衰退、愛着と利便性、伝統と文化変容などさまざまなファクターの狭間で、京や奈良などの古都もまた後戻りのできない曲がり角を曲がろうとしているようです。つまりはそういう時代だ、ということなのでしょうが……。