「カラマーゾフの兄弟」

 こないだ、ドストエフスキー作「カラマーゾフの兄弟」の新訳が売れていることについてちょっと触れました。光文社文庫から出ている亀山郁夫氏訳の版です。僕も二巻まで買いました。
 実は僕は以前、米川正夫氏の訳による岩波文庫版を読んだことがありました。1918年というと、いささか古い翻訳ということになりますね。


 僕は、同じロシアのトルストイの「戦争と平和」という小説が好きで、かれこれ十数年前に古本屋で新潮文庫(工藤精一郎氏訳)を集めて、つづけて二回読みました。すごく面白かったのですが、正直に言って読みにくいところも多かったです。何よりも悩まされたのが、ロシア人の複雑な姓名。同じ人物が、フルネームで呼ばれたり、父称で呼ばれたり、爵位で呼ばれたり、フランス語で呼ばれたり、愛称で呼ばれたりするものだから、だれがだれやらさっぱりわからなくなってしまうのです。
 で、数年前に岩波文庫から藤沼貴氏訳の新版が出て、これも買って読みました。これは、読みやすかったですね。名前は整理されているし、解説や注釈も充実してて、すごく分かりやすかった。


 それで、新訳「カラマーゾフ」にも期待していたのですが、なんとなく気分が出なくて途中で止まってしまっています。
 そうなってしまった最大の理由のひとつが、登場人物の一人でロシア正教の高僧、ゾシマ長老の口調なんです。

【米川訳】「なんという聖い子じゃ! 回向をしてやる、回向をしてやる! それからお前の悲しみも祈祷の中で告げてやろうし、つれあいの息災も祈ってやろう。然しな、かみさん、お前つれあいを捨てて置くのは罪なことじゃ」

【亀山訳】「なんて尊い子だろう! お祈りをしてあげましょう。母さんや、お祈りでは、あなたの嘆きにも触れてあげましょう。あなたのご主人の健康も祈ってさしあげましょう。ただ、ご主人をひとりぼっちにしておくのは、罪ですよ」

 なんだか、新訳のゾシマ長老がぜんぜん高僧らしくなくて、いやです。読みやすいのは確かだけど、ひらがなが多すぎる気もしますし。全然19世紀の感じがしません。だいたい「母さんや」なんて、そんな日本語あるのかね。
 それに、僕はこの「回向をしてやる、回向をしてやる!」という台詞がすごく好きなんです。高僧がひげを震わせてる姿が目に浮かぶようで。
 というわけで、旧訳の岩波で読み直してみようかなあなんて考えてます。

戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)

戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)

戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)

戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)

カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)

カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)