自己嫌悪
「あなたの最大の敵はね、あなた自身なのよ」
とか言うのだ、ひとが気持ちよく飲んでるのに。
わたしは視線を上げないで、グラスをのぞき込む格好のままで生返事をする。
「はあ」
「あなたの自意識が、ただそれだけが、あなたの邪魔をしているの。他の誰のせいでもないわ」
「まあ、そうかも知れませんけど」
曖昧に答えて、わたしはグラスを揺する。氷をかろころと鳴らす。気持ちのいい春の夜なのに、なんで放っといてくれないんだろう。わたしの邪魔をしているのは、あなたでしょ。他の誰でもないじゃん。
「つり橋を渡るのが怖いのは、どうしてだと思う?」
話はまだ続くのだった。わたしはあくびをかみ殺す。
「……高いからでしょう?」
「下を見てしまうからよ。いちばん強いのは、そこがつり橋であることすら知らない人間。知らなければ、目をつぶってたって渡れてしまうものよ」
眉にぴくっと来た。くだらない。お説教はいいかげんにしてよ。
わたしは顔を上げる。
「さっきから、いったい何が言いたいんですか? こんなやりとり、無駄だと思いません?」
「そうよ。こんなやりとりは無駄だって、わたしはさっきからそう言ってるの」
と、わたしが答えた。他の誰でもなく。
ひとが気持ちよく飲んでるのにさ。
※「わたし日記」はフィクションです。僕はわたしではありません。