若きヘミングウェイ夫妻

「移動祝祭日」を読んでます。面白い。訳が読みやすい。
 自らの才能への自信と不安、異郷パリでの貧しい暮らしの中のささやかな喜び。若きヘミングウェイ夫妻の日々が、美しくつづられています。簡潔にして詩情あふれる、この感じがヘミングウェイなのかなと思います。この文体もまた、彼がパリで得たもののひとつらしい。
 この本が書かれたのは、パリですごした時代から三十年以上を経てからだそうです。長い時間に隔てられた距離がまた、若き日の痛みを美しいものに変えているのでしょう。

 その一方で、パリで出会った人々に対する描写はしばしば極めて辛辣です。友人だったスコット・フィッツジェラルドなんて、これじゃまるでキモいダメ男だ。そこに、晩年のフィッツジェラルドを駄目にしていったある種の弱さの影を見て取ることも、確かにできる気はするけど……。

 村上春樹による『キャッチャー・イン・ザ・ライ』や『グレート・ギャツビー』などの影響もあるのでしょうか。『カラマーゾフの兄弟』のヒットに代表されるように、欧米文学の新訳がブームですが、これらの新訳の共通点は、なんと言っても読みやすいこと。日本における欧米文学研究や翻訳技術の向上もあるのかもしれませんが、ここ数十年で日本語の書き言葉がいかに激しく変質したかを示しているようにも思われます。そこにはまた、日本人の生活様式の大きな変化も反映しているのでしょう。昔の翻訳小説を読んでると、「グレープフルーツ」という単語に、「アメリカ産のザボンの一種」みたいな訳注がついてたりして、それはそれで楽しいですが。