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「悲しき温帯」あるいはレヴィ=ストロース氏最後の挨拶


 で、レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』を再読しています。
 以前読んだときは、よく分からなかったんだよね。

 人類学の名著とされる本ですが、単に人類学の本、と言ってしまうには、あまりにも複雑。
 戦前、戦中、戦後という三つの時代に関する叙述が交錯する、紀行文でもあり、自伝でもあり、思想書でもあるような本。また、「フィクションでないためにゴングール賞の選考対象にできなかったのは非常に残念」と、ゴングール・アカデミーに言わしめたほど文学的な文章でもあります。

 ヨーロッパ中心主義を鋭く批判したレヴィ=ストロース氏は、浮世絵や能を愛する親日家でもありました。日本に関するまとまった著作を残さずに去られたらしいのは残念ですが、『悲しき熱帯』中公クラシックス版のために寄せられた日本の読者へのメッセージの中に、こんな言葉があります。

 過去への忠実と、科学と技術がもたらした変革のはざまで、おそらくすべての国のなかで日本だけが、これまである種の均衡を見出すのに成功してきました。(中略)今日でもなお、日本を訪れる外国人は、各人が自分のつとめを良く果たそうとする熱意、快活な善意が、その外来者の自国の社会的精神的風土と比べて、日本の人々の大きな長所だと感じるのです。日本の人々が、過去の伝統と現在の革新のあいだの得がたい均衡をいつまでも保ち続けられるように願わずにはいられません。それは日本人自身のためだけに、ではありません。人類のすべてが、学ぶに値する一例をそこに見出すからです。
    二〇〇〇年十二月 パリで
 (クロード・レヴィ=ストロース「『中公クラシックス』版のためのメッセージ」)


 ほんとうにわたしたちは、そのようなものであることが出来ているのでしょうか? それとも、氏の教え子である訳者の川田順三氏が言うように、これは「私たち日本人へのやや反語的な叱咤と励ましのメッセージ」なのでしょうか。

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)