面白い小説は最初の一ページで分かる。

パイド・パイパー - 自由への越境 (創元推理文庫)

パイド・パイパー - 自由への越境 (創元推理文庫)

 以前から気になっていた本で、書店で手に取ったことも何度かあったのですが。
 面白い。あっという間に読んでしまいました。
 1940年6月、ドイツ軍の電撃戦によって占領されつつあるフランス。イギリス軍はすでにダンケルクから撤退し、ついにパリも陥落かという時、一人の老紳士が子供たちを連れて旅します。目指すは、彼らの故国イギリス。さあ、どうなっちゃうんでしょう。

 無駄な描写の無い簡潔な文章が、ぐんぐんと読ませます。やや古風な言い回しを用いつつも読みやすい訳が時代背景やストーリーにぴったりです。戦闘機が出てくるシーンの、簡にして要を得た描写がすばらしい。ちょっとだけ引用してみます。

 両側の二機が飛び去ると、しんがりの一機が間近に迫った。翼下に吊られた爆弾がありありと見えた。今にも落ちてくるかとハワードは気が気でなかったが、爆撃機はそのまま百フィートほど向こうを過ぎた。ハワードは吐き気を催すほどの安堵を覚えながら、遠ざかる機影を見送った。敵機は百ヤードほど前方の道路に爆弾を投下した。噴き上がる土砂をハワードは声もなく眺めやった。荷車の車輪が空を切り、回転しながら畑に落ちた。
 古式の円舞さながらに、中の一機が前に出ると、今度は左の一機がしんがりに付いて、編隊は視野から去った。ややあって、はるか前方の道路を見舞う爆撃の轟音が伝わった。

 ごちゃごちゃと細密に描写さえすればそれがリアリティだと思ってる人は、一度こーゆー文章を書き写してみるといいんすよ。

 老人が無事イギリスに帰りつけるであろうことは読者には冒頭から明かされているので、安心してはらはら出来ます。意外で優しい結末も好ましい。
 で、なんと原著が出版されたのは1942年。まだ戦争の真っ最中なのでした。むむ。日本ではちょっと考えられない。